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春の匂いがーー。
3月27日(日)

あの悪夢のような瞬間から2週間が過ぎました。
テレビの画面に誰もが立ちすくみ、言葉を失った瞬間、あれから2週間です。
その後も、
度重なる余震と原発を巡る緊張とで、
いっこうに安らぐことのない2週間だったように思えます。
その間、
小さな身のまわりの雑事を重ねながら、
ぼくはいったいなにをしていたんだろう、と思います。

誰かにというわけでもないのですが、
何かを試されているような気がして、
ぼく自身にいろんなことを問いかけてきましたが、
でも、なにもわからず、
気の利いた言葉もみつからず、
ただ、ただ、
いまは、情けなくて仕方がありません。

ひょっとすると、
答えなんぞを一つでも見つけようとすること、
それ自体が傲慢さを秘めた行為ではないかとさえ思えたりもします。
原発を含めて、
しっかりしたものさえ作れば大丈夫だという傲慢さ、
それと少しも変わらないのではないか、と。
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公園を散歩していたら、
微かに春の匂いが。
せめて、暖かくなればいいですね。
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by in-cahoots | 2011-03-28 10:30 | その他 | Comments(0)
東日本大震災、その2
3月21日(月)

地震から10日が経ちました。
昨晩、ようやく上水が復旧し、蛇口から水が出るようになりました。
もちろん、休みなしで工事にかかわったかたがたのおかげです。
安堵の胸をなでおろしつつも、
給水に通う日課がこれでなくなるのかと思えば少し淋しいような気も。

ただし、下水道に関しては完全復旧とまでいかず、応急処置のまま。
そのために生活排水は極力おさえて欲しいとのこと。
つまり、トイレの水や洗濯の水、お風呂の水は流さないで欲しいらしい。
もうしばらく不自由というか、
そういう生活が続くわけで、
計画停電もあることだし、
小さなお子さんのいる家族の中には、
都内や他の地域へと難を逃れていく人々も多くみられます。
大きなバッグを手に子供たちと駅へと向かわれる人たちをみていると、
まるで、戦時中の疎開を思わせます。
もちろん、戦時中を体験したわけではありませんが。
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いっぽうでは、
少しずつですが、状況の改善にともなって、
いままで、近隣に身を寄せていた人々が戻ったり、
町のあちこちで沢山のかたがたが復旧作業にあたってくれていて、
活気に満ちているというのも変ですが、
その両者の大きな差による不思議な感覚に包まれながら日々過ごしています。
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殊に、液状化で溜まった泥が乾き、
それをボランティアのかたがたが道路脇に除けていく作業は、
雪国の雪かきのようにも見えてきます。
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この間にも、
不自由だろうと気遣ってくれて
友人や知人からの水が届き(有り難うございます)、
それと一緒に
地震の前にアマゾンで注文していたCDが届く。
いまじゃなくても良いですよ、
他のことに配達のエネルギーを使ってくださいと言いたいくらいで、
世間様に申し訳ないというか、タイミングが悪いというか、
それでも、配達してくれる人たちは一生懸命に働いているわけでーー。

そんなこんなで、
深夜、水運びで痛めた腰に湿布薬を貼りながら、
届いたCDを秘かに開けてみたりするのでした。
そして、改めて考えてみるのです、
傲慢というか、不遜というか、
そういうことについて。
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by in-cahoots | 2011-03-21 13:31 | その他 | Comments(2)
東日本大震災。
3月16日(水)

東日本大震災発生以来、慌ただしく雑事に追われて過ごしていたので更新もできずにいました。
まずは、心配して連絡をいただいたみなさんにお礼を申し上げます。
有り難うございました。
沢山のメールや電話をいただきました。
また、水を送っていただいたり、
具体的に救いの声をかけていただいたり、
嬉しいことも沢山経験させて頂きました。
家族全員無事ですごしています。


上下水道の破損による断水を含めて、
まだまだ、普段の暮らしぶりにほど遠い状況が続いています。
それに、原子力発電所を巡る新たな危機に予断を許さない状況ですが、
ともあれ、
毎日、近くの小学校に用意された簡易トイレ、給水所に通い、
掲示板を眺め、その日の状況を確かめるという日々を送っています。
もちろん、東北地方の被災地の方々には言葉もでないほどで、
こうやって、
コンピューターに向かえるだけでも有り難いし、
ぼくには何ができるのか、
そして何ができないのか、
ようやく冷静に考えることが出来るようになりました。
取り急ぎ、
どういう状況だったか、簡単に報告させてください。


3月11日(金)、1日目。
午後2時46分、東北地方で巨大地震発生。
遠く離れた関東の我が町でも、
初めて体験する激しい揺れで、仕事部屋は以下の通り。
天井まであった壁一面のCD棚が全壊。
CDで部屋が埋もれてしまいました。
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息子は仕事で外出中だったので、
妻と二人、近くの避難場所とされている公園に行こうとマンションをでたものの、
道路は激しく揺れてて歩けない。
地面にはひびがはいり、そこから泥水が噴き出してくる。
いわゆる、液状化現象です。
地響きというのを初めてこの身で実感しました。

駐車場は以下の通り。
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東北地方の津波による惨劇を知ったのは、
その日の夜のことでした。
夜8時過ぎに電気が復旧、床に倒れていたテレビを起こし、
スイッチを入れて現れた画面に唖然とさせられました。

固定、携帯、いずれも電話は通じなくて、
友人や知人、そして家族の安否を確かめながらの慌ただしい夜でした。
遠く離れた友人や親戚からも、メールによるメッセージが届いていました。
その中には、父親の無事を知らせる施設のマネージャーからのメールも。
とりあえずは、一安心。
都内に住む親類からの連絡で、お互い無事なことを確認。
被災地の宮城県亘理町には従兄弟家族が住んでいるので、そちらに連絡を。
電話が通じるわけもなく、彼の携帯電話が通じたのは翌朝。
「高い山のほうに車であがったらしいから家族は大丈夫だと思う」、
東京に出張中だった従兄弟は、そう言い残して車で家族のもとへ向かいました。

息子には、そのまま帰宅しないように伝え、
ここよりはましだろうと、仕事先からそのまま友人宅に泊まってもらうことに。

余震に備えてできる限り部屋を整理し、
水と非常食をマンションでいただき、2日目に備えることにしました。
もっとも、小さな余波が続き、
いつでも飛び出せるようにソファで身体を休める程度でしたが。

3月12日(土)、2日目。

朝早く、電話で起こされる。
「ようやく通じた」と、大阪に住む従兄弟からの電話。
その後、部屋の片づけを少しやって、
近くに住む父親の様子をみに行きがてら、
町の様子をみてまわると、ひどい状況に立ちすくむ思いがしました。
あちこちの歩道で飛びでたマンホール。
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近くのスーパーは、
地面から浮き上がっていました。
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近くの小学校に簡易トイレが設置され、
市の給水車もそこに準備されました。

3月13日(日)、3日目。

交通渋滞が激しく、
陸路は困難とのことらしく、それでも、自衛隊が海路給水にやってきてくれることに。
海上自衛隊が水を運ぶ専用鑑を派遣するのは災害史上初めてとのこと。
列に並びながら知らない人たちと会話を交わす機会も増え、
いろんな情報を整理。
こちらが本当に欲しい情報は家でテレビをみていては入手できない。
そのことを、痛感させられました。
「まさか、自衛隊さんに世話になるとはねぇ」と、老夫婦の会話が印象的でした。。
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テレビでは、福島の原子力発電所を巡るニュースが刻々と。
最悪の事態も想定に入れておかねば。
2日ぶりに自宅に戻った息子と
この日3度目の給水所へ。
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3月14日(月)、4日目。
東京電力が、今日から計画停電を実施するとのこと。
それにともない最寄りの交通手段が遮断される。

毎日、近くのスーパーでダンボールをいただき、
余震に襲われても良いように、部屋のCDを詰めていく。
まるで、引っ越しみたいだね、と妻と苦笑しながら。
停電までにコンピューターで連絡すべきことを片づける。
結局、計画停電は回避され、家族3人揃って夕食を。
食器を洗う水が勿体ないので、
もちろん、簡単に。
時折、
会話が刺々しくなって、お互いストレスが溜まってきているのがわかる。
それでも、
こうやって家族が揃い、喧嘩相手がいるのには救われる。

テレビで、
千葉県旭市でも計画停電を実施したという東京電力の発表に愕然とさせられる。
多数の死者をだした大きな被災地、その避難場所の電気まで奪ったらしい。

3月15日(火)、5日目。
早朝から道路工事や電信柱の復旧工事の音が途切れることなく続く。
液状化で乾いた土砂が舞い、町中を覆う。
マスクなしでは外に出られない。
それでもまだ些細なことーー。

深夜、コンピューターに向かいながら、
某ツイッターサイトで見つけたつぶやき。

M.9.0、世界最大級になったのか。
じゃ、今後、復興のためのエネルギーも愛も、
世界最大級にしなくちゃ。
@junyaishikawa

韓国人の友達からさっききたメール。
「世界唯一の被爆国。大戦にも負けた。毎年台風がくる。
地震だってくる。津波もくる。
小さい島国だけど、
それでも立ちあがってきたのが日本なんじゃないの。
頑張れ超頑張れ」
ちなみに、僕いま泣いている。
@copedy

ぼくは、静かに、原稿に向かう。

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by in-cahoots | 2011-03-16 15:47 | その他 | Comments(8)
七田を飲みながら、ふと、ロックンロールを考える。
3月9日(水)

どんな未来を私たちが作るかにかかっています。

ジョン・レノンが、
ヤン・ウェナーの、
ロックンロールの未来はどうなると思いますか、
という問に答えて。

写真は、
佐賀県小城町の酒、七田。
この2、3日、夕食に付き合ってもらってます。
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by in-cahoots | 2011-03-09 22:23 | その他 | Comments(0)
雪が舞う
3月7日(月)

仕事の途中に外を眺めると、
雪が舞っていた。
それも、なかなか本格的に。
そして、いつのまにか真っ白に。
午後には雪も、雨もおさまったが、
それにしても、
春の声はなかなかきこえてきませんね。

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by in-cahoots | 2011-03-08 01:19 | その他 | Comments(0)
ランブリン・ジャック・エリオットがやってくる
3月4日(金)

昨日の夜遅く、夢を見た。
ウィスキーの川で釣りをする夢だ。
リンゴ酒と一緒に餌を放り込むと、
そのたびに、
1ガロンのウィスキーが釣れてくれる、
そんな夢だ。

ウディ・ガスリーの「トーキング・フィッシング・ブルース」。
確か、ランブリン・ジャック・エリオットも歌っていた。
そのジャック・エリオットが4月に来日するらしい。
詳細は、
http://www.toms-cabin.com/
もしくは、
http://www.wts-fes.com/
をご覧になって下さい。
ちなみに、<ウォッチング・ザ・スカイ2011>には、
曽我部恵一、アン・サリー、おおはた雄一などの他に、
ジャック・エリオット同様にジョー・ヘンリーのプロデュースで話題になった
オーヴァー・ザ・ラインも出演するらしい。

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by in-cahoots | 2011-03-05 13:41 | 音楽 | Comments(0)
スーズ・ロトロさん、死去
3月2日(水)

ボブはスエードのジャケットを着こんだ。
その日の寒さにそぐわないジャケットだったが、
ボブはイメージを優先させていた。
わたしは、いくら北国出身であっても、
それでは凍えると思ったが、
同時にあまり長く外にいることはないだろうとも思った。
わたしのほうは、イタリアで買った大好きな緑色のコートを着た。
ニューヨークの冬に適したコートではなかったが、それをボブの分厚いセーターの上に着た。
防寒のためのベルトをしっかりと締めると、まるでイタリアのソーセージになったような気がした。
そうやってふたりは外へ出た。

ボブは両手をジーンズのポケットに突っ込み、
わたしにからだを寄せていた。
ブリーカーストリートを背に西四番ストリートに向かって、
ジョーンズストリートを進んだ。

(『グリニッチヴィレッジの青春』スージー・ロトロ著、菅野ヘッケル訳)
『フリー・ホイーリン』のジャケット撮影の様子を、
彼女は自伝の中で、こう書き記していた。
当時、ボブ・ディランのガールフレンドで、
そのジャケットですっかり有名になった。
そのロトロさんが、2月24日に亡くなったらしい。
1943年、ニューヨークの生まれ。
ディラン・ファンにとっては、
自分のガールフレンド以上に身近に感じられた女性の一人ではなかったでしょうか。
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by in-cahoots | 2011-03-02 17:03 | その他 | Comments(2)
寒い夜にポール・シーベルを聴く。
3月1日(火)

なんだか、また寒さがぶり返してきましたね。
そんな夜には、酒のお友にと、
ポール・シーベルの『ウッドスモーク&オレンジズ』を久しぶりに引っ張り出した。

デヴィッド・ブロムバーグのギターも、
リチャード・グリーンのバイオリンも、
ジェフ・ガッチェオンのオルガンも、
ウェルドン・ミリックのペダル・スティール・ギターも、
みんな分をわきまえていて、本当に心の隅々まで温かくさせてくれる。
そしてなによりも、
ポール・シーベルの
淡々とした歌いっぷりがいい。
世の中の慌ただしさなど素知らぬ顔で、
こんな歌をうたうのだ。

街の男たちはみんな手を焼かされたに違いない。
口々に、あの女は困ったものだと言いながらも、
何処か憎めないでいる。
それどころか、
こっそりプレゼントを贈ったり、すきあらばと狙っていたりする。
そのルイーズが部屋で一人亡くなっていたらしい。
身寄りがなく、
今夜、何処かに郵便列車で運ばれるのだという。
どうも南のほうの故郷らしい。
そうかあ、あいつの故郷は南のほうやったんかあ、
たまらんなあ、切ないよなあ、
淋しかったやろなあ、
それにしても、今夜は冷えるなあ、
と言いながら、
男たちは、酒を飲み交わすのである。
そして、みんな心の中で秘かにつぶやくのだ、
ルイーズに、お休みと。
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by in-cahoots | 2011-03-01 15:43 | 音楽 | Comments(2)