4月19日(火)
文明は人間の未来を明るく彩どるものであり、車は便利なものであり、
医師は病の療治師であり、性は隠すべきものであり、
米国と中国は永遠の仇敵同士であり、暴力は悪であり、民主議会制は善であり、
男は男性的であり、女は女性的であり、円はドルの敵ではなく、
人間がいかなる悪さや悪企みをしようと地球は大盤石である、
などの常識が一般にはまだ信じられていた。
その頃の私が最も熱中していた考えは、
じつはこれら不易の常識や道徳が、じつはなんとなく頼り甲斐のないものではないか、ということで、
この考え方は、この小作中のいたるところに散見できるはずだし、
この小作の成り立ちそのものが、この考え方に基いているようだ。
以上、長々と引かせもらったのは、
昭和47年(1970年)8月、井上ひさしが、
初めての小説「ブンとフン」の新版にあたって記したあとがきの一部。
40年も前のこと、
こういう疑問を抱いた人たちがいなかったわけではない。
その頃、ロックと呼ばれるようになった音楽を通じて、
ぼくらが漠然と感じるようになっていたのも、
これに似たようなものだったと思う。
ただし、この人のように、
それを畏まらずに軽妙に問いかけた人は余りいなかった。
小説によって、何かに近づこうとした人はいなかった。
そんなことを、ふと思い出してーー。